1.            はじめに

 

アスベストとは天然に産する鉱物線維のことで、耐熱性、耐薬品性、絶縁体性などの諸特性に優れているため、3000種を超える形態がある。戦前、戦後を通じて長く利用され、とくに高度経済成長期において使用量の増加と輸入量の増加がみられた。しかし、欧米にてアスベストの健康被害に対する危険性が指摘され、昨今のマスコミ報道により、アスベスト問題は当初の労働環境問題から一般環境汚染による一般住民の健康被害問題として取り上げられるようになってきている。

 

2.キーワード       中皮腫とアスベスト小体

 

 

3.「アスベスト関連疾患の画像診断」と「Desmoplastic Malignant Mesotheliomaの剖検例」の概略

 

アスベスト曝露に起因する疾患は、                                                   <非腫瘍性疾患・病変> 1.アスベスト肺(塵肺) 2.良性石綿胸水 3.びまん性胸膜肥厚 4.円形無気肺 5.胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)  

<腫瘍性疾患> 1.中皮腫 2.肺癌 のようにまとめられる。また、中皮腫の中にも悪性胸膜中皮腫には組織型によって3種類に分けられるなどさまざまな種類がある。本稿では非腫瘍性疾患であるアスベスト肺と、腫瘍性疾患のうち中皮腫について、その問題をあげてみたい。

 

アスベスト肺の診断とその問題点

 

アスベスト肺の組織所見の初期像の特徴は、小葉中心の呼吸細気管支周囲の線維化である。この点が通常型の特発性肺線維症とは異なり、小葉中心から小葉辺縁へ広がる線維化がアスベスト肺の特徴といえる。呼吸細気管支周囲から線維化がはじまる理由はこの部でアスベスト繊維が肺実質へ侵入するからであるが、アスベスト繊維に対する反応は、繊維の種類や形状、鉄の含量などによって異なる。クリソタイルよりクロシドライトやアモサイトで繊維化は強く起こるが、吸入された繊維の量と線維化の量・反応関係は一定でない。吸入から時間を経ると、肺胞腔内のみならず、線維性結合織中に褐色の数珠状あるいは串団子状の形態をとるアスベスト小体が多数見られる。繊維化は細気管支壁から隣接した肺胞壁、肺胞道、肺胞嚢の壁へと広がり、隣在する細気管支間をつなぐが、線維化の進展によって最終的には蜂窩肺(honeycomb lung)の所見を示すことになる。

 アスベスト肺と肺線維症との画像診断上の鑑別には胸部HRCTが有用である。ともに下肺野の末梢優位の線状・網状影を見るが、アスベスト肺ではHRCT上細気管支周囲の線維化が蜂窩肺部分以外の胸膜直下で小葉中心性に分布する多くの粒状影として認められる。一方、特発性肺線維症では、小葉辺縁部に病変分布が強い。

Pneumoconiosis Committee of College of American Pathologist and the National Institute for Occupational Safety and Health においては、アスベスト肺の特徴は、「呼吸細気管支壁に見る明瞭な線維化と石綿小体の集族」とされ、その程度分類は以下のようになされている。

 

1.            Severity(局所の進行度)

    Grade1:少なくとも一個の細気管支周囲に繊維化を見る。これに隣接する肺胞壁に線維性肥厚があってもなくてもよい

    Grade2:Grade1に加えて、隣接する2列目以遠の肺胞壁に線維性肥厚があり、隣接する細気管支との間に、線維性肥厚のない肺胞が存在する。

    Grade3:Grade2に加えて、隣接する細気管支との間の肺実質の線維化が連続してしまい、ときに肺胞腔が消失する。

    Grade4:Grade3に加えて、幅1cmまでの裂隙が生じる。(蜂窩肺)

 

2.            Extent(肺内の広がり)

A:ごくわずかの細気管支に変化がみられるのみである

B:Aより強いが、変化のある細気管支は半数以下である

C:半数以上の細気管支に変化をみる

 

この内容は、1997年にヘルシンキで開かれた国際会議での組織診断基準でも踏襲され、アスベスト肺とは、「よく膨らませた肺において、肺癌あるいは肺の腫瘤とは離れて、びまん性の間質線維化と、組織切片上1cuの領域に2個以上のアスベスト小体をみるが、被覆されていない繊維をみること」と定義されている。光学顕微鏡でアスベスト小体を認めにくい場合は、電子顕微鏡を用いてuncoated fiberをみることが大切である、ともされており、定量法では肺乾燥重量1グラム当たり1000個以上のアスベスト小体をみることが職業性曝露の基準である。

 こうした線維化の生じる機序についてはいまだ不明な点が多い。アスベスト繊維の吸入によるマクロファージの誘導、マクロファージによるアスベスト繊維の貪食とさまざまなサイトカインや成長因子の放出、さらにそれらのネットワークの形成、などの過程が考えられるが、人においてinvivoでこの詳細を明らかにするのは難しい。

じん肺法におけるアスベスト肺はあくまで画像上の所見であり、この法律で定める第1型以上の肺線維化所見がある例とされている。あらたにつくられた救済法では、胸部X線検査でじん肺法に定める第1型以上と同様の所見があり、胸部CT検査においても肺線維化所見が認められることをアスベスト肺の基準としている。また、救済法では上記の画像所見が明確でない場合、肺内アスベスト小体またはアスベスト繊維の量が一定以上、すなわち乾燥肺重量1g当たり5000本以上のアスベスト小体あるいは200万本以上のアスベスト繊維または気管支洗浄液1ml当たり5万本以上のアスベスト小体、のいずれかが認められれば、肺癌の発生リスクを2倍以上とする25本/ml×年のアスベスト曝露があると判断することになっている。

アスベストの沈着量と肺線維化の相関関係を検討した報告は少ない。Roggliらは、病理学的にアスベスト肺を伴うと診断された70例の肺癌症例では、肺内のアスベスト繊維の量の中央値は肺湿重量1g当たり25.3万本であったと報告している。この値は、前述したヘルシンキ国際会議のコンセンサスレポートで示された肺癌の相対リスクを2倍とする基準である。乾燥肺重量1g当たりアスベスト繊維200万本とほぼ同じである。しかし、個々の症例で見た場合、アスベスト繊維の量と線維化の程度との間に、明確な量・反応関係を見出すことは難しい。

 

中皮腫の病理診断とその問題点

 

従来、中皮腫の発生はまれで、肺癌と比べて1/100程度であることから、個々の医療機関での経験数がごく少なく、多くは年1例の経験にとどまる。さらに中皮腫の組織型は、上皮性悪性腫瘍に類似し胸腔では肺の腺癌、腹腔では卵巣のしょう液性腺癌や腹膜のしょう液性癌との鑑別が必要な例、非上皮性悪性腫瘍に類似し骨軟部組織や各臓器に生じる肉腫との鑑別が必要な例、また、癌腫様成分と肉腫様成分が混在し癌肉腫や二相型滑膜肉腫などの他の二相性腫瘍との鑑別が必要な例、さらに広い範囲が細胞密度の低い瘢痕あるいは肉芽様の線維性結合組織からなり線維性胸膜炎との鑑別が必要な例に加えて、リンパ球様の小型細胞からなる例など多くの特殊型があり、きわめて多彩な組織像を示すといえる。したがって、中皮腫の病理診断にはHE染色による組織像の適切な判断と、それに基づく適切な抗体を用いた免疫組織化学的染色が必須となる。

著者らの検討によると、上皮型中皮腫を肺腺癌と鑑別するためには、陽性となる抗体としてcalretinin,WT1,thrombomodulimが感度・特異度からみて有効であり、陰性となる抗体としてはCEA,TTF-1などが用いられるべきである。一方、肉腫型中皮腫を他の肉腫と鑑別するためには、陽性となる抗体としてCAM5.2あるいはAE1/AE3を用い、他の肉腫において特徴的に陽性となる抗体、S100p,CD34,myoglobin,myoD1などを中皮腫では陰性となる抗体として用いることが勧められる。そのほか、D2-40,mesothelinなども中皮腫のマーカーとしては有用である。女性に生じた腹膜中皮腫は免疫組織化学的染色を用いても鑑別が難しいが、Ber-EP4,MOC-31など卵巣癌に特徴的に陽性となる抗体を用いることが参考になる。

小さな生検材料で中皮腫を診断することはいっそう難しい。炎症やブラの存在などで上皮様の中皮細胞が過形成を示す場合、上皮型中皮腫の初期像との鑑別が難しい。この場合、過形成を示す中皮細胞ではdesminが陽性で、EMAおよびp53が陰性となり、中皮種では逆にEMAおよびp53が陽性で、desminは陰性であることが参考となる。一方、線維性胸膜炎と線維形成型あるいは肉腫型中皮腫の鑑別はさらに難しい。胸膜炎では腹腔側で細胞密度が高く、深部になると細胞密度が低下するというzonation(層状構造)があり、腹腔面に垂直な細くて長い毛細血管を多く見ることが特徴である。免疫組織化学染色では胸膜炎にみる紡錘型細胞にはサイトケラチンはしばしば陽性となるので、鑑別に用いることはできない。

Desminは胸膜炎では陽性で、中皮腫では陰性であることが多い点が鑑別に有用である。

 

アスベストによる中皮腫の発生機序

 

アスベストによる中皮腫の発生は疫学的には多くの事実によって証明され、動物実験でも胸腔や腹腔へのアスベスト繊維の強制的な投与によって発癌が証明されているが、ヒトにおいてその発生機序が明確にされているわけではない。ひとつには経気道的に吸引されたアスベスト繊維が胸腔や腹腔の表面を覆う中皮細胞をなぜ標的とするか、繊維の体内での移動はある程度証明されているが、細胞の発癌感受性という面から見ると不明な点が多い。また、アスベスト繊維は中皮細胞に刺入すると思われるが、発癌の面から見て、その機械的刺激が重要なのか、あるいはクロシドライトを代表として鉄を多く含むアスベスト繊維による活性酸素の発生が遺伝子異常を引き起こすのか、についても定かではない。

これまでに報告された中皮腫細胞の分子・遺伝子レベルの異常を下に示す。

 

がん遺伝子       K-ras,N-ras,CDK4:mutationなし

          β-catenin:低率にmutationあり

 

がん抑制遺伝子  p53:mutationはごく少ない

         RB:mutationはごく少ない

         P16/CDKN2A:高率にdeletionあり

         NF2:高率にmutationあり

 

成長遺伝子    PDGF,IGF-1:高発現例あり

 

サイトカイン   TGF-β,IL-6,IL-8,GM-CSFの発現例あり

 

 

多くの癌で異常の頻度の高いp-53,RB,rasの各遺伝子の変異の頻度は低い。Geneticな変化よりむしろメチル化などのepigeneticな変化が重要かもしれないが、いまだ十分な検討はできておらず、今後の大きな課題である。

 

4.考察

 

最近、アスベストによって起こる中皮腫がさまざまなところで問題になっている。なぜ最近になってこのような問題が増えてきたのかというと、アスベストの危険性が認識されるまでに大量に使用されていたからだ。例えばクボタでは、昭和40年ごろまでヒトが直接防護服やマスクなしでアスベストを扱っていた。これによって中皮腫になって死亡したり、今もまだ苦しんでいる人もいるのである。中皮腫は発症までに30〜40年かかるので、これからもアスベスト患者は増えていくと思われる。アスベストを扱う仕事につかなくても間接的に吸い込むことによって中皮腫になることもあるのである。また過去には、たばこのせいで肺がんと診断された人が、実はアスベストによるものだったという例もあった。このような失敗をしないためにも、現在、医師には幅広い知識と柔軟な考えが必要とされている。

 

5.まとめ

 

アスベスト繊維による中皮腫あるいは肺癌は最近増加傾向にあるがまだまだ不明な点が多いので、早急な研究の進展がのぞまれるところである。